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覆面女子プロレスラーRayの正体と素顔が判明!壮絶な過去と早すぎる死に涙

2018年8月30日に、覆面女子プロレスラーのRayさんが亡くなっていたことが公表されました。
Rayさんの本名と年齢は非公表になっている為、話題となっていますが、一体どんな女性だったのでしょうか?

今回はその正体や素顔と経歴についてご紹介します。

 

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覆面女子プロレスラーRayの正体はリンバイロンだった


~画像は 酒井正和 オフィシャルブログ 「スマッシュの挑戦」より引用~

謎の多い覆面レスラーかと思いきや、調べてみるとあっさりとRayさんの正体が判明しました。

まずプロフィールですが、

リングネーム:リン・バイロン(林白龍)
生年月日:1982年2月14日
出身地:香港
身長:161cm
体重:53kg
所属:フリー
トレーナー:TAJIRI

と紹介されています。

しかし、香港出身というのはあくまでも設定で純粋な日本人であります。

生年月日は真実であり、36歳という若さで亡くなったという事になります。プロレスラーとしては限界の年齢だったのかもしれませんが、長い人生の折り返しにも来ていないところで旅立ってしまったのは残念で仕方がありません。

 

Rayさんの経歴

 

彼女は幼少の頃より中国拳法を学び、12歳で香港の大会では型部門で優勝を果たしているほどの実力者です。

その後、 中国を代表する北京体育大学に入学します。

この大学は北京市海澱区中関村(中国のシリコンバレー)に位置し、中国武術を本格的に学びたいという人が入学する名門校です。

Rayさんは大学卒業後は雑技団に入りますが、間もなくして退団し地元に戻りアクションスターを目指すことになります。

エキストラながら映画の出演も果たすなどもしますが、2010年にSMASHの試験を受け見事合格し、ここからプロレスの道を本格的に歩むこととなります。

SMASHとは
TAJIRIが東京都新宿区をホームタウンとした地域密着型のプロレス団体として設立。プロレス、キックボクシング総合格闘技の3部門を柱にエンターテイメント融合路線として「世界に通用する選手育成を目指したコンテンツ」を目指していた。

Wikipediaより引用

そしてSMASHでTAJIRIとエキシビションを披露した後、4月23日のSMASH.2で大原はじめ・朱里戦でデビューを果たします。

TAJIRI(タジリ)は、日本のプロレスラー。
アメリカのプロレス団体「WWE」での活躍により地域によっては
日本人メジャーリーガーのイチローや松井秀喜以上の知名度とも
言われていたため日本でも「プロレス版メジャーリーガー」と呼ばれる。

wikipediaより引用

そして2012年4月5日、TAJIRI以下元SMASH所属全選手、レフェリー、練習生とともに、新団体Wrestling New Classicに移籍します。

そして闘病生活が始まるで、WNCの後継的団体である、REINA女子プロレスに参戦していました。

プロレス以外にもボディビル選手権に出場したりもしています。

 

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一人二役の超人レスラーだった

ここまでは、リンバイロンとしての経歴ですが、次はRayさんの経歴を見てみましょう。

プロフィールには、

リングネーム:Ray(れい)
ニックネーム:女ハヤブサ
生年月日:1982年2月14日
職業:女子プロレスラー
国籍:日本人
身長:162cm
体重:55kg
トレーナー:さくらえみ、吉田万里子
デビュー:2003年9月15日(対さくらえみ戦)
所属:フリーランス

ここでは出身は日本人となっていますね。

Rayでの略歴は、我闘姑娘でリングネーム「零」としてデビューし、2007年3月18日の息吹興行で、エスオベーションへの移籍を発表しています。そしてこの時にリングネームを「零」から改名しRayとなったのです。

我闘姑娘(がとうくうにゃん)は、日本の女子プロレス団体で小学生や中学生も在籍していることで知られている。

その後2011年3月よりアイスリボンに所属をかえ、2012年5月より再びフリーとなっています。

つまり、Rayは同時期にリンバイロンとして一人二役をこなし、闘っていたのです。

 

そして突然の休養を余儀なくされる

ここまで地道に女子プロレスラーとして頑張ってきたRayさんですが突如病魔が彼女を襲います。

フリーとなった翌年の2016年にRayさんは、都内で緊急会見を開き、悪性の脳腫瘍が判明したと発表したのです。

Rayさんはは20165年の12月22日のFMW後楽園大会で脳振とうを起こし、
その後の検査で左視床部分に腫瘍が発見されたと言います。

彼女の説明によれば、脳腫瘍の悪性度は「ステージ3」(最高レベルは4)と、かなり悪性で治療がとても困難であることを告白していました。手術をすればガン細胞が神経にかかっている為大変危険だと医者から言われ、この時の心境を

「脳振とうで受診したのに、あれやあれやといううちに…。
 10万人に1人という病気に、なぜ私がならなければというのがあった」

と語っています。

 

2年半の長い闘病生活を終え旅立っていったRayさん。

ご家族だけの葬儀となるようですが、これからはゆっくり休んでプロレス界を見守ってほしいと思います。

ご冥福をお祈り申し上げます。

 

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